【読書】 答えを出すのに「1年かかります」じゃあ意味がない

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今野浩著「ヒラノ教授の線形計画法物語」を読みました。

ヒラノ教授の線形計画法物語
今野 浩
岩波書店
2014-03-15


本書は、

  • 経営や金融、経済などに役立つ数学を研究してきた著者が、
  • 自分自身を「ヒラノくん」という架空のキャラクターにして、
  • 自伝風で、エッセイ風に描いた物語です。

たくさんの、実在する人物が(しかも数学の秀才や天才が)登場して、
彼らの人間模様が、ときに面白く、ときに政治的に描かれています。

そしてなにより、「線形計画法」の歴史が分かるようになります。

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数学が好きな人にとっては、「上級者向けのコラム」がありますから、
その中で、線形計画法についてイメージできるようになっています。

一方、数学が嫌いな人にとっては、
コラムを読み飛ばしても、物語として読み進められるようになっているので、
(コラムの内容が分からないと、読めない物語展開ではないので、)
安心して読んでいただければと思います。

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さてそれでは、
線形計画法とは何でしょうか?

あるいは、それを含む
「オペレーションズ・リサーチ」とは何でしょうか?

まずオペレーションズ・リサーチとは、
「数学と経済学と経営学をまたがって、
企業や組織にある問題を最適化してくれる学問」です。(本書 p8)

そして線形計画法は、
オペレーションズ・リサーチの手法のひとつです。

具体的には、たとえば、次のような問題が解けるようになります。

ある物資を、10か所の工場から100か所の倉庫に運ぶ際に、どの工場からどの倉庫にどれだけの量を運ぶと、総輸送コストが最も少なくなるか。(p9)

これは、輸送問題と呼ばれ、適切に解ければコスト削減に役立ちます。

「CPLEX」という線形計画法を解くアプリが出始めたころ、
ある会社が計算してみた結果、
在庫コストが30パーセントも減少したそうです。(p134)

輸送問題の他にも、線形計画法の適用範囲がたくさんあり、
たとえば、「巡回セールスマン問題」などは、
もしかしたら、聞いたことのある方もいるかもしれません。

ちなみに、ここからさらに発展した
「非線形計画法」というものもあり、
こちらは、たとえば人工知能にも影響を与えています。

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本書は、ゴールドラット著「ザ・ゴール」が好きなひとに
読んでほしい本だと思いました。

なお、「ザ・ゴール」については、わたしも以前感想を書いています

「ザ・ゴール」もまた、物理学者が経営を最適化する本でした。
しかし、「ザ・ゴール」の方は、数学的には単純な計算しかありませんでした。

「線形計画法物語」では、
もっと難しい問題が(それでも線形の範囲ですが)
解く対象となります。

「ザ・ゴール」の方が、工場内の具体例を扱った物語である一方で、
「線形計画法物語」では、その手法がどうやって開発されてきたかを語る本でした。

どちらも、経営に役立つ本だと思いますし、
小説形式になっているので、読みやすいはずです。

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本書を読んで、
経営とは理論ではなく実践である、
ということを、深く考えさせられました。

理論的に正しくても、実践できなければ、
意味がないということは多いです。

むかし、たぶん何かの小説で読んだのですが、
「永遠って、何年?」
と聞かれたとき、
「誰にとっての永遠?」
と聞き返す会話がありました。

つまり、ひとりの人間にとっての永遠は、せいぜい100年あれば十分です。
人類にとっての永遠は、10億年ぐらいでしょうか。
太陽系にとっての永遠は、100億年ぐらい?

経営上の問題も、
「解ける。ただし、計算に1年かかる」
では、誰も相手にしてくれないわけです。

特に、競争の厳しい業界においては。

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本書の登場人物たちは、
実質的に解くにはどうすればよいのか?
を考えようとします。

「ムーアの法則」を聞いたことがある方は多いと思います。
コンピュータの計算処理能力が、指数関数的に向上していくという法則です。

この法則も、たしかにすごいのですが、
さらに、本書に登場する天才たちは、その上をいきます。

過去15年の間に、計算機の処理能力が1,000倍になり、計算手法の改良によって、約2,000倍のスピードアップが実現された。この結果、線形計画問題は200万倍速く解けるようになった。10年前には1年を必要とした計算が、今では30秒以下で終わるようになった。(p131)

ムーアの法則で、コンピュータの性能は15年で1,000倍になりましたが、
同じ期間に、本書に登場する学者たちによって、2.000倍効率的な計算手法が開発されます。

その結果、1,000倍の2,000倍で、200万倍という、
最近の漫画でもなかなか見ないような、
能力のインフレが起きます。

世界最高のコンピュータでも、計算に1年かかるような問題は、
それは実質「解けた」とは言わないわけです。

30秒ぐらいで回答が得られて、
その回答をもとにまた考えて、
別の、より良い問題を解いてみる、
という繰り返しを行えるような状況になれば、
経営は、ガラッと変わります。

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問題を解く時間が、200万倍速くなるという、
奇跡みたいなことが、実現してしまいました。

本書では、誰が、どのような方法で、
こんな奇跡を実現させたのか、分かるようになっています。

登場人物はそれなりに多いですが、
物語形式になっているので、
楽しく読めると思います。

特に、経営をしている方、これから経営したいと考えている方に、
ぜひ読んでいただきたい本です。

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