清水聡著「家庭裁判所物語」を読みました。
本書は、
- NHK解説委員である著者が、
- 家庭裁判所の戦後の設立から、およそ昭和40年代くらいまでの経過を、
- 理想と現実に揺れ動く心情まで掘り下げながら描いた本です。
裁判所には、地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所などがありますが、家庭裁判所というところもあります。
家裁は、あまりニュースにはなりにくい裁判所ですが、特に終戦直後は、(そして東日本大震災後のような場面でも、)とても大事な役割を果たしました。
家庭裁判所には、2つの異なる機能があります。
非行少年を裁く機能と、離婚や養子縁組などを行う機能です。
前者は少年部、後者は家事部と呼ばれ、もともと違う組織でした。
GHQからの差し金もあり、これらを合わせて作られたのが家庭裁判所という組織だったわけです。
できた当初は、「家庭に光を、少年に愛を」というキャッチコピーもあったようです。
本書は6章立てです。
ざっくりいうと、
- 第1章から3章が、敗戦直後から昭和30年代くらいまでの設立期の話
- 第4章と5章が、昭和40年代前半くらいの政治的な権力争いの話
- 第6章は、時代が飛んで東日本大震災のときの話
といった区分です。
著者自身が、あとがきで述べているように、昭和40年代後半から平成20年代くらいまでは、すっぽり抜け落ちています。
とはいえ、「だから本書に価値は無い」ということではありません。
本書は、家庭裁判所がどんな考え方を大事にして、設立され、運営されてきたかを描いているので、時代を順番に追っていないからといって、本書のおもしろさが減るわけではないからです。
(とはいえ、家庭裁判所の歴史を知りたいと思って本書を読んだひとにとっては、不満が残る可能性はあります)
特におもしろいのは、第1章から3章までの、設立期の話です。
序盤では、とくに3人の重要人物が描かれます。
- 宇田川潤四郎
- 内藤頼博
- 三渕(和田)嘉子
の3人です。
それぞれの来歴と活躍が描かれるのですが、中でも宇田川は独特です。
研修所を作りたくて、予算をもらうために、多摩へ行って滝に打たれてみたり、その研修所の授業を生徒側で受けてみたり、その受けている最中に居眠りしたり・・・。
それぐらい破天荒でなければ、終戦直後の時代に、家裁をつくっていくことはできなかったのかもしれません。
「家裁の5性格」ということばを掲げたのも宇田川です。
- 地裁からの「独立的性格」
- 冷厳な感じを与えない、親しみのある「民主的性格」
- 精神医学などを取り入れた「科学的性格」
- 少年審判における「教育的性格」
- 警察や児相と連携する「社会的性格」
家裁が、地裁などとは大きく違う性格を持っていることが、良く分かります。
いわゆる「司法」の世界の中で、かなり特殊な世界だったことが分かります。
(このため、それを中和しようとする力が、長いあいだ働き続けます)
第4章、5章は、少年法改正を巡る政治闘争の歴史です。
個人的には、この部分は、あまりおもしろくなかったのですが、歴史好きの方であれば、おもしろく読めるのかもしれません。
最高裁の事務総局、労働組合、法務省、弁護士会、自民党、などなどが、それぞれの言い分を通すため、さまざまな議論を展開させます。
最終章では、東日本大震災における、家裁の活躍が描かれます。
そしてそれは、裁判官や書記官などの、いわゆる法学部出身者ではなく、調査官としての、心理学や社会学出身者の活躍が強調されています。
この部分もまた、司法なのに司法らしからぬ家裁の特徴かもしれません。
家裁を支えたひとたちのやさしさや努力、理想が、本書にはまとめられています。
(正直、自分が働く場所としては、あんまりやりたくない仕事だなとは思うものの、)その理想は、とてもかっこいいなと思いました。